日記 旧友

 旧友の たいら君が来た。中学高校と同級であった
ガッチリした体に四角い顔をのせて 快活な少年の印象は変わらず、
大きな声で馬鹿話を連発して一人で面白がって笑うタイプのこの男、
少しも変わらないところがすごい
いや、旧友の前だけにそうであるのかもしれないけれど
数年前、僕らは共通の一人の友人を亡くした
まんとく君という その姓からしても変人の代表の感があるこの男、蛮カラを地でいった
三浪をし、悲願の早稲田大学文学部でロシア文学を専攻していた
早稲田といえば中退組が芸能界文学界でも幅を利かせ、
そういう風潮が 彼をも中退させ、著作放浪の旅を選択させていた
まんとく君は大変な読書家であった
高校生の頃から片道二時間の電車通学を利用して
二冊の文庫本を読み飛ばすような人間であった
ボクは彼からものすごく影響を受けて受験時代を送った
この男、時代に適合せず、広島に舞い戻ってきてからは悲惨な社会人となったカキ打ちのバイト、自動車部品の臨時工、英会話の教材売り、
職を転々とし、悶々と現実に生きた。 奴には重すぎた。
この現実が。 で、学生の時から飲み始めたら ビールひとケース空けるくらいの酒豪 アルコールで憂さを晴らしたろう、
それがもとで体を壊し、彼は何回かの入院手術の甲斐なく 死んでいったのである。 独身であった。
たいら君は相も変わらず、ただ白髪が交じった頭くらいのことで、
昔のまんまであった。 まんとく君の話題は少しも出さず、
開店前からカウンターに座り込んでただただ 馬鹿話を繰り広げるんである。 「おまえんとこ景気はどないや?」ではじまる ヨタ話、
ボクが泣きを入れると 案外に彼も愚痴をこぼす。はぁ、二人とも年はとったな。
店が混んできたんで放っておいたら 隣のご老体に「一献」などとお上手をしながら 「このお店、よろしくお願いをします」なんて 営業を始めている
馬鹿野郎! そのご老体は ウチの常連様じゃ 頭が高いわ! と思いながら
でも嬉しく思い、涙が出そうになった
帰る頃には 腰がフラフラしやがって タクシーで 90分はかかろうか、
帰っていく。 きっと まんとく君のことを思い出すのであろう。